一地方会員からみた令和2・3年度某選挙
2回続けて激しい選挙戦が続いた後、主流派の皆さんがさすがに疲れ切ったのか、その後は3期6年にわたって無風選挙が続いたのですが、そこでたまったマグマが一気に炸裂したのが、令和2・3年度選挙でした。
平成22・23年度に勝手に東京(法〇会)と第二東京で分裂した挙句、選挙で敗退してしまった主流派は、その後
平成24・25年東京(親〇会)→平成26・27年(第一東京)→平成28・29年(大阪)→平成30・令和元年(法〇会)
と候補者調整に成功してきたのですが、令和2・3年度になって、何があったのか、再び分裂してしまいました。この時は平成22・23年度の予選?敗退の屈辱から立て直し、悲願に向けて手を挙げた第二東京に対し、平成24・25年選挙で仙台から事務局長となることで主流派勝利の最大の功労者となった先生が(たぶんその時の会長派閥である東京(親〇会)の支持を受けて)最後まで退かず、ついに再びの主流派分裂となりました。しかも、中部をまとめる愛知の先生、貸与制世代の味方な先生、そしてレフティーな先生と5人の候補が乱立する中、なぜか全く無関係なはずの岡山は、第二東京先生陣営と仙台先生陣営で二分される激戦に。。。
第二東京先生陣営は自分では決して動きそうにない長老・・・だけではなく、なぜか実働部隊の若手も粒を揃えてきたのですが、それに対して仙台先生陣営も、どのような人脈かは知りませんが、某業界の有力中堅~ベテランをバランスよく集めて対抗。そして・・・どちらからも声がかからない私は、完 全 放 置 。つまり、公職選挙法の適用がない選挙で、夢にまで見た 完 全 フ リ ー 、キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!ニッカ、サントリー、オールドパー!!!(ネタ元と意味がわかる人は何人いるのか?)
というわけで、私は岡山へやってきた両陣営(+巧妙に撤退した法〇会先生)の会に顔を出し、誰のためかは分かりませんが、それぞれの出席者の情報を旧笑六法で微妙によく分からない程度にぼかしを入れてレポートし、好評を博しました。第二東京陣営の純愛同盟副将から
「笑六法の~という記事は誤報だ!謝罪と訂正を要求する!」
と抗議を受けたため、
「第二東京陣営の先生から、『笑六法の~という記事は誤報だ!謝罪と訂正を要求する!』と抗議を受けました!」
と書いただけなのに、副将先生から
「勘弁してください・・・」
と泣きが入るというよく分からない事態が起こったり、変〇紳士先生から
「女神様は第二東京先生支持です!さあ、先生も我々の陣営に!」
と誘われたため、
「なら女神様に電話させてくださいよwww」
と返し、その後彼女からの電話を楽しみに待っていたのに、ついにかかってこなかったり・・・という事件?を愉しみながら高みの見物を決め込みました。仙台先生陣営の事実上の頭目の1人であった大先生が突然仙台先生ご本人を連れて事務所に現れ、在籍弁護士たちから私が不在と知らされるや
「せっかくご本人が来られたから、笑六法先生のもとへ真っ先にお連れしたのに…」
と聞こえるようにつぶやいたとかつぶやかなかったとかの時にはさすがにビビり上がりました(まあ、ある条件が分かっていれば、それが私の実力の証明・・・などでないことも、明らかではあります)。
岡山の結果は最初の投票が第一東京、決選投票は仙台先生だったような気がします。選挙戦自体は決選投票で仙台先生の勝利に終わったわけですが、死闘の末に疲弊し、
「もう二度と選挙は嫌だ・・・」
とか言っていた岡山の両陣営が、選挙後に集まった際、なぜか
「ところで笑六法先生はどっちに投票したんだろう」
という話題になり、どっちも自分側に投票したんだろうと思っていたが、冷静になって相手に投票しているのではないかと疑ってみると、絶妙に疑惑を否定できないことに気づかれてしまったそうです。女帝陛下いわく、
「・・・もしかして、今回の選挙の岡山最大の勝者って、笑六法先生だったんじゃないですか・・・?」
とのこと。くけけけけけ。・・・あれ、これがオールドパーそのもの?
それはさておき、この時の敗戦を知った第二東京の友人が
「これで第二東京は今後20年間起ちあがれない・・・」
と悲しんでいたのですが、なるほど、ここが最後に頂点を極めた時期を調べてみると、平成6・7年でした。令和ではなく、平成です。・・・順番が来るたびに、会派を問わず東京に横やりを入れられて負けるなんて、主流派の中でここだけ扱いがひどすぎるような気がするのは、果たして気のせいでしょうか?
