「豊臣兄弟!」はどうなのか?

2023年「どうする家康」以来の戦国大河は、「豊臣兄弟!」です。豊臣秀長というと、派手な合戦での活躍には乏しいものの、秀吉陣営の中の調整役や補給担当として兄を支えた名補佐役で、教育もク〇もない最下層から成りあがったとされる兄弟から戦争の達人である秀吉が現れたことはまあ理解できるのですが(戦争の才は最下層でも磨かれうる)、国家単位の補給や金融を理解し、運営できる秀長が現れたことは、当時の日本が貨幣経済すら行き渡っていなかった「のに」なのか「から」なのかはさておき、たいへんな驚異だと思っています。

そんな豊臣秀長が主人公・・・ということで、秀長名目での秀吉ageかと思いましたが、第1回ラストでいきなり

「わしが恐ろしかったのは、敵ではなく兄者じゃ」(by小一郎=のちの秀長)

という究極のsageでした。。。

従来「鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす」「鳴かぬなら 鳴かせてみよう ほととぎす」「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ほととぎす」という文脈で理解されてきた「戦国三英傑」ですが、近年は「明るく陽気な人たらし」から「残忍なサイコパス」という嫌なキャラ変が確立しつつあるのが秀吉です。近年の大河でも「真田丸」の小日向文世、「麒麟がくる」の佐々木蔵之介、「どうする家康」のムロツヨシ…と、その路線は一貫しています。ちょっとあんまりなのではないでしょうか?多分史実はこちら寄りなんだろうけど。ここでageられなかったら、もうageてもらえる大河はないような。。。

ただ、第1回で秀長の有能さをアピールするために挿入された近所の農民同士の争いを仲裁する創作エピソードで、いきなりずっこけたのは内緒です。

A「そだ(薪)を盗まれた!」

B「そっちが先に種もみ5升を盗んだんじゃないか!」

A「ある時に返すと言ってるだろう!」

という構図で争っている中で、

秀長「Bは労働力がないんやろ?なら、Bは今も余っている種もみをあと2升Aに貸してやり、利子をたくさんもらえばええんや!」

という案にABが

「なるほど…!」

と納得するシーンは、まあ当事者が納得しているならいいのですが、おいおいお前らそれでいいんかよ…となりました。上記の争いは、「Aが(種もみをBに返すという)約束を守らない」ということが大きな原因となっているのに、Aにそれを守らせる方策も、Aが種もみを返せない原因の解決もなしで「BがAにもっと種もみを貸させる」というのでは、Bの損害をさらに拡大させるだけ(逆にAは肥え太る)ではないかと。。。

戦国時代に絶対的平和主義を持ち込む大河は大体ろくでもないのですが、「豊臣兄弟!」の運命や、いかに・・・?